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新潟地方裁判所 昭和38年(わ)283号 判決 1964年3月12日

被告人 山県修也

昭九・一二・一二生 元小学校助教員

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

押収にかかる一部欠損千円券合計四八枚(昭和三八年押第七九号の二、六ないし八)、切断千円券(四分の一のもの)合計八片(同号の三、五)、偽造千円券(四片貼り合せ)合計一〇枚(同号の一九ないし二八)、包装紙の切端一枚(同号の九)、菊世界名入り紙片四枚(同号の一五)および鋏三丁(同号の一一、一二、一八)は、いずれもこれを没収する。

押収にかかる使用ずみ日本国有鉄道急行券等合計一、〇八四枚(同号の三〇、三二)は被害者日本国有鉄道に還付する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都立第三商業高等学校を卒業後、昭和二八年四月から三菱信託銀行株式会社に勤務して出納、計理等の事務を担当していたが、同三二年一一月頃同会社を退職して、肩書住居地に移住し、同三三年四月から新潟大学教育学部長岡分校に入学したが、同三四年に中退し、その後新潟県燕市内の洋食器製造会社に勤務し、同三八年四月から同県西蒲原郡巻町大字峰岡四〇四番地入徳館小学校に代用教員として勤務していた者であるが、

第一、同年七月二九日午後九時半過ぎ頃、新潟市一番堀通り新潟市営白山球場前広場において、駐車中の田中久盛所有の自動車から、該自動車に取りつけてある自動車登録番号標二枚(新五す九三三九)をはずし取つてこれを窃取した

第二、同日午後一〇時過ぎ頃、同市花園町一丁目日本国有鉄道の新潟駅一番線ホームにおいて、同駅改札事務室窓口に束ねて置いてあつた、同駅駅長佐藤二郎保管にかかる、いずれも使用ずみの日本国有鉄道特別急行券一八四枚、急行券五二六枚、準急行券七七枚、座席指定券六枚、発駅着席券七枚、入場券二八四枚合計一〇八四枚(昭和三八年押第七九号の三〇、三二)を窃取した

第三、日本銀行券千円券(昭和二四年大蔵省告示第一〇四八号、以下同じ)四枚を一組とし、その各一枚の上下左右いずれかの端の四分の一ずつ切り取り、その残りの四分の三ずつの千円券の各切り取つた部分にハトロン紙を貼付して補填することにより、日本銀行券千円券四枚を、一見流通の過程において善意で損傷したような外観を呈する千円券(以下一部欠損千円券又は変造千円券という)四枚に作り変えて変造し、次いで右の切り取つた四分の一の部分四片を日本銀行券千円券の紋様に合うようにセロハンテープなどで裏打ちをして継ぎ合せ、一見真券のような外観を呈する千円券(以下貼り合せ千円券、又は偽造千円券という)一枚を作りあげて偽造する方法(別紙図面参照)を考え出し、もつて真正の千円券四枚を一組として一部欠損千円券四枚、貼り合せ千円券一枚、合計五枚を作り出し、後者については新潟市内の商店で使用して行使し、前者については自己の普通預金口座に預金するか若しくは日本銀行新潟支店において損傷券として真券との引換請求をしようと企て、

一、いずれも行使の目的をもつて、

(一)(イ) 同年九月二日午后一〇時頃、前記入徳館小学校宿直室において、日本銀行券千円券八枚を用い、各一枚の上下左右いずれかの端の四分の一ずつを適宜切り取り、その残りの四分の三ずつの千円券の各切り取つた部分にハトロン紙を貼付し、右八枚を一見流通の過程において善意で損傷した真券のような外観を呈する一部欠損千円券八枚(前同押号の二)に作り変えてこれを変造した

(ロ) 同日頃右宿直室において、右の切り取つた四分の一の部分八片を適宜四片一組とし、これを日本銀行券千円券の紋様に合うようにハトロン紙で裏打ちをして継ぎ合せ、一見真券のような外観を呈する貼り合せ千円券二枚(同号の二三、二六)を作りあげてこれを偽造した

(二)(イ) 同月一〇日午后一〇時頃、右宿直室において、日本銀行券千円券一二枚を用い、各一枚の上下左右いずれか端の四分の一ずつを適宜切り取り、その残りの四分の三ずつの千円券の各切り取つた部分にハトロン紙を貼付し、右一二枚を一見流通の過程において善意で損傷した真券のような外観を呈する一部欠損千円券一二枚に作り変えてこれを変造した

(ロ) 同日右宿直室において、右の切り取つた四分の一の部分一二片を適宜四片一組とし、これを日本銀行券千円券の紋様に合うようにセロハンテープで裏打ちをして継ぎ合せ、一見真券のような外観を呈する貼り合せ千円券三枚を作りあげてこれを偽造した

(三)(イ) 同月一一日午后四時過ぎ頃、新潟市西堀通四番町新潟市立新生公園において、日本銀行券千円券二八枚を用い、各一枚の上下左右いずれかの端の四分の一ずつを適宜切り取り、翌一二日午后一〇時頃前記入徳舘小学校宿直室において、その残りの四分の三ずつの千円券の各切り取つた部分にハトロン紙を貼付し、右二八枚を一見流通の過程において善意で損傷した真券のような外観を呈する一部欠損千円券二八枚に作り変えてこれを変造した

(ロ) 同月一一日右新生公園において、前記のごとく切り取つた四分の一の部分二八片を適宜四片一組とし、これを日本銀行券千円券の紋様に合うようにセロハンテープで裏打ちをして継ぎ合せ、一見真券のような外観を呈する貼り合せ千円券七枚を作りあげてこれを偽造した

二、(一) 同月三日午后一時頃、同市古町通六番町九九五番地住友銀行新潟支店において、同支店普通預金係大橋澄子に対し、前記一(一)(イ)記載の変造千円券八枚(同号の二)に真正の千円券および五百円券合計四千円を混ぜ、右変造千円券八枚をいかにも流通過程において損傷したもののように装つて被告人名義の普通預金口座に預金してもらいたいと申し向け、これを一括して手渡して行使した

(二) 別紙一覧表記載のとおり、同月上旬頃の夕刻および同月一一日の午后六時半頃から午后八時頃までの間、前后九回にわたり同市東堀通五番町四二四番地小山庄三郎方ほか八ヶ所において、伊藤寿英ほか八名に対し、前記一の各(ロ)記載の偽造千円券合計一二枚(同号の三、五、一九乃至二八、但し内二枚は同号の三、五で四片一組の切断千円券)のうち九枚をいかにも真正なもののように装つて物品購入代金の支払のため手渡して行使した

(三) 同月一三日午前九時頃、同市寄居町三四四番地日本銀行新潟支店において、同支店発券課収納係白川健児に対し、「便所に落して汚れた部分を切り取つたものだが取り替えてもらいたい」と申し向け、前記一(二)(三)の各(イ)記載の変造千円券計四〇枚(同号の六ないし八)を過つて汚損したため切断したもののように装い一括して手渡してこれを行使した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(証拠の説明)

判示第三の通貨変造、偽造、同行使の事実について

一、被告人の否認供述の大要

被告人は捜査の段階においては本件につき自白していた(但し当初は否認)が、当公判廷において右自白をひるがえし、大略「私は昭和三八年八月三〇日の朝七時半頃、新潟市内の古町十字路にある北光社書店前の歩道上で、ハトロン紙に包まれたものが落ちているのを発見して、中味を確かめぬまま何気なしに拾つてポケツトに入れ、これを入徳館小学校宿直室に持ち帰つて開いたところ、中味は一部分が欠損した千円券四八枚であつた。私はそのうち八枚を判示第三の二の(一)のごとく同年九月二日住友銀行新潟支店で預金しようとし、残り四〇枚を判示第三の二の(三)のごとく同月一三日日本銀行新潟支店で真券と交換しようとしたにすぎない。一部欠損の千円券にハトロン紙を貼付したことはあるが、それは千円券の大きさが不揃いだと、数えたり束にするのに扱いにくいので、その取扱いを便利にするためにしたことで他意はなかつた。行使の目的といつても、無効の千円券を有効のものとして使用しようという目的ではなく、有効な真券を有効なものとして預金又は交換しようとしたにすぎない。私は千円券の一部を切断したことはなく、貼り合せ千円札を偽造したり、之を判示第三の二の(二)のごとく行使した事実は全くない」旨本件犯行を全面的に否認するので、以下この点につき検討を加える。

二、被告人の否認供述の検討

被告人の右否認供述を仔細に検討すると、被告人は当初、拾得した四八枚の一部欠損千円券は全部被告人においてハトロン紙を貼付して補填した旨供述していたが(記録一六丁裏以下)、後に「拾得した四八枚の一部欠損千円券のうち、八枚には拾得当時既にハトロン紙が貼つてあつたと思う」旨供述を変更しており(記録五五八丁)、この点の供述はあいまいであるのみでなく、白昼人通りの極めて多い街路上で四八枚の千円券入りの紙包みを拾得することはあり得ないことではないにしても、希有のことであり、拾得した紙包みを中味も確めないでポケツトに入れて持ち帰つたという被告人の行動は奇怪という外なく、右弁解自体首肯し難いばかりでなく、後に認定するごとく、被告人において本件貼り合せ千円券九枚を行使している事実に照らすと、如何なる方法で右銀行券の欠損部分を貼り合せた偽造千円券を入手し得たのか全く不可解と言うほかなく、被告人の前記供述は到底措信し難いといわねばならない。

三、被告人が本件貼り合せ千円券行使の犯人であること

前掲25 36の証拠によれば、新潟市内で発見された本件貼り合せ千円券一二枚(前同押号の三、五、一九ないし二八)は、いずれも被告人が所持していた一部欠損千円券四八枚(同号の二、六ないし八)の左右上下の何れか一端を切りとつた四片を一組として前判示のごとき方法で偽造されたものであることが確認できるのであるから、問題の貼り合せ千円券を現実に行使した犯人がもし被告人であるとすれば、前記一部欠損千円券四八枚を被告人が所持していた事実とあいまつて、他に特段の事情(例えば貼り合せ千円券も亦拾得したこと等)が認められない限り本件通貨変造、偽造の犯人も亦被告人であると断定せざるを得ないから、問題は右貼り合せ千円券を行使した者が果して被告人であると断定し得るかどうかにあるが、当裁判所は次の理由で之を肯定する。

(1)  そもそも通貨は経済社会における一般的交換手段として高度の流通性を有するものであるから、真正な通貨の外観を有する偽造通貨が一旦流通におかれた場合には、その後流通の過程において右偽造通貨を発見したとしても、その流通の経路を跡付け、当初流通におかれた場所(相手方)は何処か、又当初流通においた者は誰かを知ることは不可能ではないにせよ、至難の業といわねばならないことは周知のとおりである。したがつて、もし何人かが自ら進んで偽造通貨の行使日時、場所(相手方)を供述し、捜査の結果右行使の相手方において右供述者による偽造通貨行使の事実を確認した場合は勿論、たとい供述者と右行使者との間の同一性につき記憶がないとしても、問題の偽造通貨をその頃受領した事実を確認し、かつ右行使場所(相手方)と偽造通貨の発見場所(所持者)との間に、右偽造通貨の流通経路を跡付けることができる場合には、右供述者を偽造通貨行使の犯人であると断定できることは経験則上当然であると考えられる。

(2)  前掲22 24 26の証拠によれば、被告人は昭和三八年九月一三日本件で逮捕され、当初犯行を否認していたが、翌一四日司法警察員内田幸治の取調に対し本件犯行を全面的に自供し、その際問題の貼り合せ千円券一二枚のうち一〇枚につき自らその行使の日時、場所を図示して自供し、同月一七日、一八日の両日にわたり、残り二枚の行使の日時、場所をも前同様図示して追加自供したこと、右自供に基いて捜査が進められ、更に同月二〇日被告人は新潟中央警察署のジープに警察官と同乗し、自供による行使場所(相手方)を案内指示した結果、前判示の別紙一覧表記載の九ヶ所外二ヶ所合計一一ヶ所(内一ヶ所では二枚行使した旨の自供)の行使場所が確定したこと(その後同年一〇月四日の取調に当り内二枚の貼り合せ千円券の行使日時を変更した)が認められる。

(3)(イ)  前掲42の証拠によれば、被告人が昭和三八年九月上旬頃ハトロン紙による貼り合せ千円券一枚を前判示果物商八百平こと小山庄三郎方(別紙一覧表番号1)で行使した事実を確認することができ、前掲関係証拠によれば右行使券は前掲46の押収にかかる偽造千円券であることが優に推認できる。

(ロ)  前掲47ないし49の証拠によれば、押収にかかる偽造千円券一枚(切断千円券四片)、(前同押号の三)は、同月一一日午後七時半頃前判示食肉販売業小林幸三郎方(別紙一覧表番号2)で被告人らしき男により行使され、これを受領した右小林幸三郎の妻一二三は、受領直後に気付いて、翌一二日三菱銀行新潟支店銀行員畔野勲に相談し、同人より同銀行員村上政一を経て同日日本銀行新潟支店に鑑定のため持込まれ新潟中央警察署に任意提出されたものであることが確認できる。

(ハ)  前掲50ないし64の各証拠によれば、押収にかかる偽造千円券三枚(同号の一九ないし二一)は、夫々露店市場露店商小島せき方(別紙一覧表番号3)、眼鏡、煙草小売業小島忠雄方(同番号4)、菓子販売業都屋こと斎藤勝司方(同番号5)において行使された事実、右行使券はいずれも受領者において売上金の一部に組入れた後、取引銀行又は信用金庫に入金し、右入金先より直ちに、或は日本銀行新潟支店を通じて新潟中央警察署に任意提出されたものであることが確認できる。

(ニ)  前掲65ないし79の証拠によれば、押収にかかる偽造千円券四枚(同号の二二、二四、二五、五、但し内一枚同号の五は四片一組の切断千円券)については、いずれも被告人の自供にかかる行使場所(別紙一覧表番号6ないし9)と発見場所(銀行)との間にその流通の経路を跡付けることができる。

(4)  以上の事実を綜合すると、被告人は本件貼り合せ千円券一二枚中九枚の行使犯人であると認めざるを得ない。(被告人の前記行使先の自供以前に受領者から捜査当局に申告されていた事実は窺われず、自供の裏付捜査によつて確認された事実や、前掲27 28の証拠によつて認められる、被告人が本件で逮捕された当時約八千円に近い少額紙幣を所持していた事実も、被告人が右偽造千円券行使の犯人であることを裏付ける有力な徴憑といわねばならない。)

四、被告人の司法警察員に対する自供の任意性の有無について

この点につき、被告人は第二回当公判廷において「警察で暴行、脅迫による取調をうけた事実はないが、大きな声で調べるし、警察から一歩も外に出られない状態で取調をうけたのだから強制的に供述させられた」旨弁解している(記録三九八丁裏以下)のであるが、仮に被告人の供述する程度の情況下で取調が行われたとしても、適法に逮捕、勾留された被疑者に対する取調方法としては、未だ供述の任意性を疑わしめる程度の強制があつたものとは認められないし、第二回公判調書中の証人内田幸治の供述記載によつて認められる被告人の右自供の経過、取調状況等に照らし、被告人の前記司法警察員に対する自白が強制によるもので任意になされたものではないとの疑いをさしはさむ余地はないと考えられる。

五、被告人の前記行使先自供の信用性について

この点についても、被告人は第三回、第五回当公判廷において、偽造千円券の行使日時場所については当時警察側で捜査の結果判明しており、すべて取調警察官の誘導により供述調書が作成された旨の弁明をしている(記録五七五丁以下、六八六丁以下)のであるが、前掲各関係証拠と、司法警察員田村政昭作成の領置調書三通(記録三一二丁、三二八丁、四一一丁)によれば、

番号

行使された貼り合せ千円券

別紙一覧表の番号

同上領置年月日

被告人の行使先自供年月日

1

小林幸三郎方の行使券

2

38・9・13

}

38.9.14

2

滝沢サダ 〃

9

3

小島せき 〃

3

38・9・14

}

4

小山庄三郎 〃

1

5

小島忠雄 〃

4

38・9・16

}

6

斉藤勝司 〃

5

7

中島清 〃

6

8

大坂惣三郎 〃

8

38・9・17

――

38.9.17

9

篠原長松 〃

7

38・9・18

――

38.9.18

10

(行使先不詳)

38・10・2

}

38.9.14

11

38・10・4

12

38・11・8

被告人が本件の貼り合せ千円券一二枚のうち一〇枚の行使先を自供した昭和三八年九月一四日以前において、捜査官側で探知し得た偽造千円券は、右表の番号1 2の二枚にすぎず、右二枚については行使先、入手経路等につき若干の捜査がなし得たとしても、その他の右表番号3ないし7 10ないし12の八枚については捜査官側において未だ探知し得なかつたことが明らかであるから、被告人の右弁解は採用できず、反つて前掲26 42 50 55 60の各証拠によれば、被告人の右行使先の自供は全く被告人自身の先行的な自白であることが確認でき、通貨の流通経路も捜査することが至難であつて、行使者でなければ知り得ない事実であることを併せ考えると右自供の信用性は極めて高度であるといわねばならない。

六、以上の理由で、被告人の前示当法廷における否認、弁解供述はすべて措信できず、被告人が本件偽造千円券九枚の行使犯人であるのみでなく、本件通貨変造および偽造の犯人であることは、爾余の前掲各関係証拠を併せ考えれば一層明白である。

判示第一、第二の各窃盗の事実について

一、被告人の否認供述の大要

被告人は捜査の段階においては本件につき自白していたが、当公判廷において右自白をひるがえし、大略「私は判示第一のごとくナンバープレートをはずし取つた事実は全くない。又判示第二の盗難使用ずみ切符を一部所持していた事実はあるが、これは昭和三八年七月三〇日朝六時か七時頃新潟駅から歩いて一分位の所にあるバスターミナルの切符売場で、新聞紙包みが落ちていたので拾つて中味を確めると使用済みの切符だつたので、切符を収集しようと考え、宿直室へ持ち帰つた」旨本件各犯行を全面的に否認している(記録五六〇丁裏以下)ので、以下この点につき判断を加える。

二、当裁判所の判断

前掲4ないし20の各証拠によれば、

1、被告人は捜査官に対して本件各犯行を終始認めていたこと、のみならず

2、被告人は昭和三八年九月一三日前記通貨偽造、同行使の被疑者として新潟中央警察署員に逮捕されて同署に身柄留置され、前記偽造券一二枚の所在を追及された結果、同日夕刻取調警察官に対し、右偽造券を新潟駅前の大和土地株式会社所在の空地内にある立看板の空洞の中にかくした旨の虚偽の自供をし、右の自供に基いて警察官において同所を捜索したところ、右立看板内の空洞内から同年七月二九日付産経新聞紙に包んだ使用ずみの日本国有鉄道特別急行券等四八三枚(前同押号の二九、三〇)と自動車のナンバープレート(新五す九三三九)一枚が発見され領置されたこと、他方同年九月一三日午後六時頃、同警察署司法警察員太田三治が前記被疑事件につき、被告人の勤務先である入徳舘小学校事務室を捜索した際、同年七月三〇日付朝日新聞紙に包んだ使用ずみの前同急行券等六〇一枚(同号の三一、三二)が発見され領置されたこと、右使用ずみ急行券等合計一〇八四枚は判示第二の日時場所で一括して盗難にあつたものであること、

3、前記ナンバープレートは判示第一の日時、場所で午後九時半以後に盗難にあつたものであるが、被告人は右日時に右場所におり、判示の自動車運転者田中園子の依頼により砂場にはまり込んだ右自動車の後押しをしたり、エンジンをかけたりしており、田中園子が右自動車をその場に駐車させて一旦自宅に帰つた後も尚その場に留つていたこと、

以上の各事実を綜合して被告人の本件各窃盗の犯行について証拠は充分であると認める。

(法律の適用)

被告人の判示第一および第二の各所為は刑法二三五条に、判示第三の(一)ないし(三)の各(イ)(ロ)の各通貨変造および偽造の所為は同法一四八条一項に、同二の(一)ないし(三)の各変造、偽造通貨行使の所為は同法一四八条二項にそれぞれ該当するが、判示第三の所為中一の(一)(イ)の一部欠損千円券八枚の変造、同(ロ)の貼り合せ千円券二枚の偽造の各所為はそれぞれ包括して通貨変造、同偽造の各一罪、同(二)、(三)の各(イ)の一部欠損千円券合計四〇枚の変造、同(二)、(三)の各(ロ)の貼り合せ千円券合計一〇枚の偽造の各所為はいずれも単一の犯意で行つたものと認められるから、それぞれ包括して通貨変造、同偽造の各一罪であり、二の(一)、(三)の各変造通貨一括行使の点はそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れるから同法五四条一項前段、一〇条に則り、かつ一(一)(イ)の通貨変造と二(一)の同行使、一(一)(ロ)の通貨偽造と二(二)1の同行使、一(二)、(三)の各(イ)の通貨変造と二(三)の同行使、一(二)、(三)の各(ロ)の通貨偽造と二(二)の2ないし9の同各行使との間には、それぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により結局判示第三、一の(一)ないし(三)の各(イ)(ロ)、二の(一)ないし(三)についてはそれぞれ重い二(一)の変造通貨行使、二(二)の1ないし9の各偽造通貨行使、二(三)の変造通貨行使の各罪で処罰することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の二(三)の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役三年に処し、同法二一条により未決勾留日数中六〇日を右刑に算入することとし押収にかかる一部欠損千円券八枚(昭和三八年押第七九号の二)は判示第三の二(一)の犯行の組成物件であり、押収にかかる一部欠損千円券四〇枚(同号の六ないし八)は判示第三の二(三)の犯行の組成物件であり、押収にかかる偽造千円券九枚(同号の三、五、一九ないし二五)は判示第三の二(二)1ないし9の各犯行の組成物件であり、押収にかかる偽造千円券三枚(同号の二六ないし二八)は判示第三の一(二)(ロ)または一(三)(ロ)の犯行より生じた物件であつて、いずれも何人の所有をも許さないものであり、押収にかかる鋏二丁(同号の一一、一二)、包装紙の切端一枚(同号の九)、菊世界名入り紙片四枚(同号の一五)はいずれも判示第三の一(一)、(二)、の各(イ)、(ロ)、(三)の(イ)の犯行の用に供したもの、押収にかかる鋏一丁(同号の一八)は判示第三の一(三)(イ)の犯行の用に供したもので、いずれも被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二項により没収することとし、押収にかかる使用ずみ日本国有鉄道急行券等一、〇八四枚(同号の三〇、三二)は、判示第二の贓物で被害者日本国有鉄道に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法三四七条により之を被害者に還付する言渡をすることとし、訴訟費用については、同法一八一条一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

(訴因に対する判断)

本件公訴事実の内、検察官は、被告人が日本銀行券千円券の上下左右いずれかの端の四分の一を切り取り、その残りの四分の三の千円券の各切り取つた部分にハトロン紙を貼付した行為は、通貨偽造罪に該当すると主張する。この点に関し、検察官は通貨の偽造とは通用力のない物に通用力を付与する行為であつて、故意に日本銀行券千円券の四分の一を切り取る行為は、その切り取りと同時に残余の四分の三の千円券の強制通用力を喪失せしめ、かつ、損傷日本銀行券引換規定による引換請求権を自ら放棄するもので、これによつて右四分の三の千円券は単なる紙片と化することになり、右四分の三の千円券にハトロン紙を貼付してその縦横を復元した場合、右ハトロン紙の貼付行為は単なる紙片に強制通用力と引換請求権を付与して等価交換価値を生ぜしめるものであり、その銀行券の発行権を侵害するから通貨偽造行為である旨主張する。

元来、通貨偽造、変造罪の被害法益は通貨に対する社会的信用等にあるのであつて、日本銀行券は公私一切の取引に無制限に通用するものであるから(日本銀行法二九条)大蔵大臣が日本銀行法三三条によつてその様式を定めるについては、実際にはその寸法、用紙、表裏の模様等極めて厳格な様式を定めてこれを公示(昭和二四年大蔵省告示第一〇四八号)しており、日本銀行券に対する社会の信用もこの厳格な様式を基礎にして成り立つているのであるから、日本銀行券の一部を切断する等により、右の様式に変更を加え通貨としての様式、外観を損なう行為は、他に特段の加工行為をまつまでもなく、日本銀行券に対する社会の信用を害する行為であるといわねばならない。ところが、検察官の主張によると、行使の目的で日本銀行券の一端を切断するに止まる場合は、法益の現実の侵害があるに拘らず、通貨偽造準備罪(刑法一五三条)が成立するかどうかは別として、通貨偽造、変造罪は成立しないことになるのみでなく、日本銀行券の一端を故意に切断することにより、その強制通用力と損傷日本銀行券引換規定による引換請求権を喪失するとの前提に立つ限り、残存部分にハトロン紙を貼付し、その縦横を復元したとしても、損傷日本銀行券であることに何らの変化はなく、検察官の主張するように、右残存部分につき一旦喪失した強制通用力と引換請求権を付与し復元し、日本銀行券の発行権を侵害する行為であるということはできず、右立論を推し進めると通貨変造罪の成立する余地すらなくなることにもなりかねない。他方損傷日本銀行券引換規程は、損傷日本銀行券の引換交換率を定めており、右規定によれば日本銀行券が三分の二残存すれば完全性を有する真券と交換されるとしているが、これは日本銀行券が流通過程において善意で損傷した場合を予想した単なる引換規程であるにすぎず、犯罪の成否と関係がないから、これをもつて直ちに、三分の二以上を残して切りとつたにすぎない場合には何らの犯罪も構成しないとはいえないのである。とすれば、結局通貨偽造とは通貨発行権をもたないものが、行使の目的をもつて新たに通貨の様式、外観を作り出す行為で、通貨変造とは通貨発行権をもたないものが、行使の目的をもつて既存の真正な通貨の様式、外観の完全性を変更する行為であると考えるのが最も簡明であろう。そして通貨偽造罪に該当する新たに通貨の様式、外観を作り出す行為としては、(1)通貨以外の物を材料として通貨の様式、外観を有する偽貨を作り出す行為、(2)真正な通貨を材料として、これに加工し異る銘柄の様式、外観を有する偽貨を作り出す行為、(3)真正な通貨(特に日本銀行券)の断片に積極的な加工行為((イ)断片の組み合せ、(ロ)ハトロン紙等の紙片を貼付、補填した上、真券に似せた模様を描き着色する等)を加え、右通貨断片の帯有する欠損した通貨の様式、外観をより完全なものに高めることにより、同じ銘柄の完全な様式、外観を有するがごとき偽貨を作り出す行為(この場合通貨の切断と積極的加工がひきつづいて行われる場合には、前段階で成立する通貨変造罪は結局通貨偽造罪に吸収されるものと解する)が含まれると考えられる。

ところで被告人の本件一部欠損千円券作成行為は判示のごとく真正な日本銀行券を材料とし、その約四分の一を切断してこれにハトロン紙を貼付し、右日本銀行券の様式、外観の完全性に変更を加えもつて日本銀行券の社会的信用を害した行為であるが、右ハトロン紙を貼付しただけでは末だ日本銀行券の断片につき前説示のごとき積極的な加工行為を加えたものとはいい難いから、通貨変造罪に該当するといわねばならない。

しかして通貨偽造の訴因につき通貨変造罪をもつて処断するには、その基本的事実について異同のない本件では特に訴因変更の手続を必要としないと考えるので、右訴因についてはすべて通貨変造罪の成立を認定した次第である。

(裁判官 石橋浩二 石田恒良 小川喜久夫)

図面(斜線部分が切り取つた部分を示す)<省略>

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